重要なポイント
バグ(bug)とはプログラムの誤りや欠陥を表すコンピューター用語だが、ビデオゲームにおいては異なるニュアンスを含んで用いられることがある。バグに代わる用語として海外で使用されている"グリッチ"や、日本で浸透している"裏技"、オンラインゲームが普及するに連れて耳にするようになった"チート"。それぞれの意味合いを探り、独自に定義してみた。
バグ(bug)は、コンピュータープログラムの誤りや欠陥を表す用語として知られ、ビデオゲームにおいては、"開発者が意図しない挙動"や"不具合"を示す言葉としてもしばしば用いられる。
動詞としての"bug"には"人を悩ませる、てこずらせる"という意味があることからも、大方の場合はプレイヤーにとって不利益をもたらす、ネガティブな意味合いの用語だと捉えるべきだろう。
しかし実態としては、上記の定義が必ずしも当てはまらない場面や行為を指して、"バグ"と言い表すケースも存在する。
たとえば、ゲームプログラムに開発者が意図して仕込んだ、いわゆる"隠し要素"や"イースターエッグ"を発生させる行為のことをバグ+技=バグ技と呼んだ事例。あるいは通常のゲームプレイや、国内のスピードラン(※1)分野において、"開発者が意図していない"ものの、攻略上有利に働く(プレイヤーに利益をもたらす)誤動作を便宜上"バグ"と呼ぶ事例などがそうだ。
また、海外のスピードラン界隈では"バグ"と似たような意味合いを持つ用語としてグリッチ(glitch)が用いられていたり、"イカサマ"や"不正行為"を意味するチート(cheat)がゲーマーのあいだで広まっていった影響で、"バグ"という言葉の定義はことさら曖昧なものとなっている。
そこで本記事では、バグ・グリッチ・裏技・チート、それぞれの意味合いや用例を調査し、それぞれの定義について考察していく。
<バグとは>:ゲーム開発者が意図していない挙動
前述の通り、バグはプログラムの"誤り"や"欠陥"を表すコンピューター用語として、広く浸透している。
小学館のプログレッシブ英和中辞典では「(機械の)故障、欠陥」との記載もあるが、これはコンピューターの登場以前から機械装置の不具合を表す隠語として"bug"が使われていた記録が残っていることを鑑みてのことだろう(※2)。
バグを利用したテクニックを指す、バグ技という言葉があるにせよ、"開発者が意図しない挙動"を活用した"技"である点に変わりはない。
また、"意図して仕込まれた隠し要素"についても"バグ"、それを発生させる方法を"バグ技"と呼ぶ向きもあるが、同じような意味合いを持つ"裏技"のGoogle検索ヒット数が約9950万件なのに対し、"バグ技"は47万件に留まることから、こちらのニュアンスで用いられるケースは少数と見るべきだろう。
本記事では、バグは"ゲームプログラムの誤りや欠陥によって発生する、開発者の意図しない挙動"を示す用語として定義したい。
バグの参考動画
▼『スーパードンキーコング』(スーパーファミコン/1994年発売)
アイテムの"鋼鉄製タンク"に乗った状態で、画面上のアニマルフレンドに重なる瞬間にY+Bボタンを押すと、主人公のドンキーがドンキーに乗った姿になる(またはディディーがディディーに乗った姿になる)というバグ。ジャンプを行うと解除される。
▼『ぼくのなつやすみ』(プレイステーション/2000年発売)
クリアデータを利用し、8月31日時点では本来行えない"絵日記を書いて寝る"操作にアクセスすることで、エンディングをスルーし、存在しないはずの8月32日に突入するバグ。キャラクター表示がおどろおどろしいものになる、BGMが再生されなくなるなどの不具合が発生し、8月36日前後まで進行するとゲームがフリーズする(進行不能になる)。
<グリッチとは>:≒バグ、またはバグを意図的に発生させる行為
グリッチは、小学館のプログレッシブ英和中辞典にて「(機械などの)突然の故障,不調」と説明されている。とくに海外のゲームコミュニティではバグと同じような意味合いを持つ言葉として、よくグリッチが使われている。
バグとグリッチのニュアンスの違いについては諸説ある。コンピューター分野ではバグが"プログラムの誤りや欠陥"を指すのに対し、グリッチは"オペレーターの操作ミス"や"外部からの不正アクセス"によって引き起こされるシステム障害や不具合を表す言葉としても使われることがあるようだ。
少なくとも、日本のゲーマー視点では海外ゲーマーコミュニティにおける"glitch"という記述を"バグ"と置き換えて読んでも、まったく違和感のないケースがほとんどだと言える。
一方でglitchは、ドイツ語で"滑る"を意味する"glitschen"が由来、という説もある。スピードラン分野にて"本来衝突するはずの壁やイベント判定などをスルーするテクニック"に、"glitch 〇〇"という通称が命名されるケースがあることなどから、"滑る"あるいは"すり抜ける"というニュアンスが大なり小なり含まれているとも考えられるだろうか。
よって、ビデオゲームにおけるグリッチはバグと同じ意味の用語としても特段問題はない……が、あえて無理やり定義付けるなら、"開発者の意図しない挙動"および"開発者の意図しない挙動を(特定の操作に従って意図的に)発生させる行為のこと"だと言えよう。
つまりグリッチには、日本におけるバグとしての意味合いのほかに、バグを利用したテクニックを指すバグ技としての意味合いも含まれてくるという解釈だ。
グリッチの参考動画
▼『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』(Nintendo Switch/2017年発売)
本作のスピードランにおける"Any%"カテゴリー(いわゆるバグ利用を含めた何でもアリのルール、バグ利用禁止は"glitchless"と呼ばれる)にて使用される、"Bow Lift Smuggling Slide (BLSS)"と呼ばれるグリッチ。特定の操作で主人公・リンクの右手に弓が張り付いた状態にし、さらに決められた手順を踏んだ後、段差に乗り上げることでリンクが空中を高速移動できるようになるテクニック。
▼『エルデンリング』(プレイステーション5、ほか/2022年発売)
動画では、"霊馬トレント"をわざと落下死させ、重力が適用されない状態で空中浮遊する"Pegasus(ペガサス)"と呼ばれるテクニックでエリア"四鐘楼"へと移動(16:18~)。さらに不安定な足場の上でプロファイルロードすることで特定のエリアにワープする"Wrong Warp(ロングワープ)"と呼ばれるテクニックを駆使し、正規ルートを使用せず最終盤エリアに到達する(16:40~)までの一連の流れを紹介している。
<裏技とは>:プレイヤーにとって有益な、バグ技や隠し要素の解禁方法
裏技は、"開発者が意図しない挙動"を利用したテクニック、または"開発者が意図して仕込んだ隠し要素(隠しキャラクター、隠しアイテム、隠しエリアなど)"を発生させる方法を表す言葉である。
ビデオゲーム分野以外でも、"知っていると生活上便利な知恵(いわゆるライフハック)"を裏技と呼ぶ事例もあり、日本人に広く浸透していると言える。
裏技の発祥に関しては、意味合いや用例を考察するうえで不要と判断したため割愛するが、ゲーム雑誌『ファミリーコンピュータMagazine(ファミマガ)』(1985年創刊)では"ウル技(ウルテク)"、『ファミコン通信(ファミ通)』(1986年創刊)では"禁断の秘技"という呼称を用いて、裏技情報を紹介するコーナーが連載されていた。
とくに、裏技という呼称が定着する以前は、"大多数のプレイヤーが気付けないような攻略に役立つテクニック"や、"攻略に役立たないおもしろ要素"なども、裏技あるいは禁断の秘技、ウル技として紹介されることも多くあった。
しかし近年においては、"大多数のプレイヤーが気付けないような攻略に役立つテクニック"は"攻略法"、攻略に役立たないおもしろ要素は"小ネタ"といった用語で区別されることが一般的であるため、攻略法や小ネタは裏技に含めないと考えるべきだろう。
ただし定義を考えるにあたって、裏技や攻略法、小ネタには、大抵の場合"ゲーム攻略上有益である"、または"少なくとも不利益は被らない"という共通項があることは考慮すべきだと感じた。この点は、"進行不能バグ"や"データ消失バグ"といった形で、ネガティブな用例も存在するバグとの違いであるように思える。
したがって裏技は、"開発者が意図しない挙動を利用したテクニック"、あるいは"開発者が意図して仕込んだ隠し要素を発生させる方法"であり、かつそれが"プレイヤーにとって有益である"ものと本稿では定義したい。
裏技の参考動画
▼『ゼビウス』(アーケード/1983年稼働)
動画はファミコン移植版。特定の地点に隠しキャラクターの"ソル"が仕込まれており、対地武器"ブラスター"を打ち込むことで出現、撃破できる(0:56~)。また本作には隠し要素"スペシャルフラッグ"も存在し、同じ手順で出現させた後に上を通過することで残機が+1、または10000点が追加される(1:06~)。本作(ファミコン版)には無敵化する隠しコマンドもあり、これらが発覚して大きな話題になったことを契機に"隠し要素"を搭載するゲームが増えていったと言われている。
▼『スーパーマリオブラザーズ』(ファミリーコンピュータ/1985年発売)
地面に着地せず敵を一定回数連続で踏みつけると残機(残り人数)が1UPする仕様を利用し、段差の跳ね返りを利用して"ノコノコ"を踏みつけ続け、残機を稼ぐ"無限1UP"(公式には連続1UPとも)と呼ばれる裏技。
<チートとは>:ゲームの公平性や競技性を損なう不正行為
チートは"イカサマ"や"不正行為"を意味する単語であり、ビデオゲームにおいてもほぼ同様だ。具体的には、"(外部機器や不正なソフトウェアを用いた)プレイヤーによる意図的なデータの改ざん"や、"バグ(グリッチ)を利用した不正行為"などが該当する。
たとえば、不正プログラム・不正ツールのAimbot(エイムボット)などだ。
なお、"本来は照準が表示されないスタイルのシューティングゲームにおいて画面(テレビ・モニター)の中心点に印をつける"、"ボタン連打装置を作成し人力ではなし得ない入力速度を実現する"などの物理手段に頼った不正行為は、ハードウェアチートと呼称される。
これらの行為がチートであるか、あるいは"バグ技"や"グリッチ"として認められるかの境目には、"ゲームの公平性あるいは競技性を損なう行為であるか否か"という判断基準が存在していると考えられる。
公平性が重視されるジャンルとしてはプレイヤー間の経済システムを搭載するMMORPGなど、また競技性を重んじるジャンルには対人ゲーム全般(FPS、シミュレーションゲーム、格闘ゲームなど)が挙げられるだろう。
例外的に、ゲームの標準機能として"通常のゲームプレイでは再現不可能、あるいは困難な状況を発生させるためのシステム"であるチートモードや、チートコード(コマンド)が用意されている事例もあるが(『Grand Theft Auto』シリーズなどが有名)、こちらはオフラインプレイ専用の機能である場合も多く、他のプレイヤーに影響を及ぼすことはほとんどない。
総じてチートとは、"開発者が意図しておらず"、"公式に利用を認めてもいない"ことを前提とし、"意図的なデータ改ざん"や"バグの不正利用"をもってして、"ゲームの公平性や競技性を損なう行為"だと定義できる。
乱暴に言えば、"他のプレイヤーの利益を侵害する行為"で、かつ"ゲーム開発側・運営側が禁じた行為"はすべてチートに該当するとも言えるだろう。
反面、"他のプレイヤーが介在しないシングルプレイゲームでのバグ技"や、"マルチプレイゲームであっても公式から<禁止>と明言されていないグリッチ"などに関しては、ゲームコミュニティやプレイヤーそれぞれの見かた次第な部分でもあるので、そのようなケースをチートと断ずるべきか否かは慎重に判断したい。
グリッチを利用し不正行為とみなされたケースの参考動画
▼『VALORANT』(プレイステーション5、ほか/2022年リリース)
公式世界大会にて、エージェント"サイファー"のスキル"スパイカメラ"をゲーム運営側が想定していない位置に設置可能になるグリッチが使用された。結果、当該行為が不正行為とみなされ、グリッチを使用したチームは反則負けとなる裁定がくだされた事例を報じた解説動画。
<まとめ>:たとえ自己流でも使い分けられたらカッコイイ!?
本稿ではバグ・グリッチ・裏技・チートのそれぞれの定義をまとめてみた。独断と偏見による定義付けではあるが、ゲーマー間のコミュニケーションに役立ててもらえれば幸いだ。
1878年に発明家のエジソンが"機械の不具合"を指して用いた記録が残っている"バグ"や、1980年代にゲーム雑誌が扱うようになり浸透し始めた"裏技"は、その歴史の長さも相まって、もともとの意味を踏まえたうえでのさまざまな活用が進んでいる印象だ。
"人が混乱している様子"を「(頭が)バグる」と形容したり、"程度が甚大であるさま"を「(金銭感覚が)バグってる」と言ったり、また裏技という言葉に関してもゲーマー以外にも広く浸透する用語になっている。
対してグリッチやチートは、日本には比較的最近になって海外から伝来した言葉であるがためか、国内では本来の意味合いやニュアンスを紐解きながら活用法が模索されている段階にあるのではないだろうか。
グリッチとバグの明確な差異を論じた文献が依然として少ない点や、「バグる」に対し「グリッチる」といった活用がまだ見られない点もそうであるし、チートに関してはチート行為に該当するものとして、たとえば"八百長行為"なら"アビューズ(abuse)"、"ゲーム内ランクや腕まえを詐称する行為"ならば"スマーフ(smurf)"と、現在進行系で細分化が進んでいることもからも、これらはいまだ"新語"であると考えられる。
しかし、だからこそこれらの用語を、各々(おのおの)の解釈やポリシーに沿いつつ、伝えたいニュアンスに合わせて使い分けてみるというのも、"ゲーマーらしい試み"と言えるのではないだろうか。いつの世も我々を突き動かすのは、未知へと挑む冒険心と、会得した武器を使いこなさんとする挑戦心なのだから。